Old School Japan ⑮ 両国駅
改札を抜けると甘い香りが漂ってきた。どこか懐かしい匂いが鼻をかすめる。
幼少期に母親に連れられて行った、向島の花街で働いているという親戚のおばさんの家でも同じ甘い香がした。和室で三味線を弾くおばさんの横顔を思い出す。
その匂いの正体は、鬢付け油(びんずけ油)。バニラがメインの香料らしい。
力士の髪を結うのに欠かせない存在だ。振り向くと和装のお相撲さんがいた。
エナメルの雪駄を履いているので三段目以上だな。と知ったかぶりをしてみる。
家の近所に相撲部屋があり、下駄を履いた若い力士と顔を合わせる事がある。
彼らは「雪駄を履くまでは頑張ります!」と言うので、何のことかと聞いてみたらそういう事だった。
駅の北側には両国国技館。ちょうど大相撲の本場所が開催されていた。
次から次へと力士が通る。とめどなく鬢付け油の残り香が漂ってくる。
調べてみると、東京の江戸川区に、日本で唯一、力士用の鬢付け油「オーミすき油」の製造販売を行う「島田商店」という会社があるそうだ。そもそも鬢付け油は、結い上げた日本髪を固め、乱れを防ぐために使うものだという。もしかしたら、おばさんも島田商店さんの鬢付け油を使っていたのかも知れない。大相撲本場所を観戦しに足蹴く通っていたから。
両国駅は1904年に「両国橋駅」として開業。
1923年の関東大震災で焼失。1929年に現在に残る駅舎が完成。二代目である。
1932年に「両国駅」へ改称される。戦時中の東京大空襲では奇跡的に被害を免れたようだ。
2016年にリニューアルした駅舎の正面には、三つの半円アーチ窓、時計・コンコースが当時と同じ姿で残されている。
昔の写真を観ると駅前には人力車が並んでいた。

(posted on 2026/10/29)
