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日本建築写真家協会

Japan Architectural Photographers Society

創立50周年写真集
50th anniversary exhibition

コラム

Column

街歩き(45)パルマ (イタリア)

 イタリアは食通の国である。その食をささえる食材の町がパルマである。
エミリア・ロマーニャ州の北端に位置するこの町には現に多くの食品会社が籍を置き、食材の町と言われる所以である。
一方 トスカニーニの出生地でもあり、イタリア三大オペラ座の一つテアトロ・レージョも有り、音楽と芸術の町としても知られている。
今回は20数年ぶりの再訪であるが、初訪と言っていいに等しい。

 以前、撮影で長期滞在していたミラノでミラノダービー(ACミランvsインテルミラン)史上最高の試合だったと今でも語り草となっている試合を観戦したことがあった。
前半にインテルが2点先行し、ミランが後半に3点を取り返す大熱戦だった。当時イタリアはW杯優勝国でもあり、世界各国の代表選手が籍をおき、特にミラノの両チームとトリノのユベントスにはスター選手が揃い銀河軍団と呼ばれていた。例えとして、ミランにはイタリア代表主将のP・マルディーニがCBとしてラインをコントロールし、同じく代表のF・インザーキが相手のバックラインを狙っていた。かたや、インテルには代表のF・ヴィエリが相手バックスと対峙し、SBにはアルゼンチン代表のJ・サネッティが立ちはだかっていた。
まさにこれがカテナッチョvsアタンカンテである。
会場のサンシーロは、10万人超えのサポーターであふれ、熱気、怒気、狂気に満ち、いたる所で赤色発煙筒がたかれ、時折爆竹による大爆音が会場を揺るがしていた。熱狂するサポーター達が発する大合唱はこの項でも日本語に訳してでも決して書けない言葉である。勿論放送禁止であるが、サンシーロ内では発せられていた。治外法権なのか。
 一方、ピッチ上は糸柳のような篠つく雨と発煙筒の紫煙とがあいまって、薄いフィルターがかかっているようだった。過去にも日韓ワールド杯決勝や欧州で多くの試合を観戦したが、これ以上の試合は今だかつて経験がない。
この試合のハーフタイムに、同日夜にパルマでナイトゲームがあると告げていた。当時パルマには日本人選手Nが在籍していたこともあり、試合終了後車でパルマに急行した。パルマでの試合は23時頃終了したが、試合内容や町の情景はほとんど記憶にない。ただ夜中の2時頃にミラノにとんぼ返りしたことは鮮かすかに記憶に有る。

 さてパルマの町であるが、今回は食材の買い出しに出かけた。
数種の乾性パスタ、キノコの王ポルチーニ茸、チーズと言えばパルミジャーノ・レッジャーノの3種等である。この3種の神器のような食材さえあれば、絡めるソースにさえ間違えがなければ一流シェフ顔負けの味になる。現に同伴者の手料理もバツグンに旨かった。食は食材なり。

 また今回も美術館にすら行けなかった。
すなわち、ルネサンス期の画家コレッジョの作品に会えなかった。残念、しょうがない、又行くか。

(posted on 2026/8/20)

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