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日本建築写真家協会

Japan Architectural Photographers Society

コラム

Column

街歩き(28) マルセイユ (フランス)

植民市を意味するフェニキア語マッサリアを語源とするマルセイユは、パリ発南仏ニース行きの往年の特急列車の名称にもなったミストラルがローヌ渓谷から吹き付ける強烈な北風が有名なフランス第三の大都市である。
戦前にはヨーロッパを目指す多くの日本人が長い船旅の末待ちに待った憧れの地への一歩を踏み出した港町としてもその名を知られていた。
私がこの町への第一歩を記して半世紀近くになるが、当時のこの町と言えばおせいじにも観光で楽しむ感じは微塵もなく、往年の名画に憧れ期待して訪れたわりには大いに裏切られた感が拭えず、その中でも一番訪れてみたかった旧港 (ヴュー・ポール) 周辺には治安が悪く足さえ向かなかった。

今回紹介する地中海文明博物館はその旧港の入り口のサン・ジャン防塞一体の敷地の西端に艶やかな漆黒のブリッジが突き刺さる先に建っている。
竣工は2013/5で、設計者は先のコラムで紹介したジャンコクトー美術館と同じリュディ・リチオッティ。
私自身も竣工後直ぐの撮影で訪れたが、街全体の変わりようには目を見張るものがあった。特に旧港周辺の変化には驚き、著名建築家の多くの建築が建設され、恐れていた治安面も改善され今や多くの市民の憩いの場と化していた。
その旧市街の魚市場周辺を抜け、右側には呼び込みの声も賑やかな観光名所にもなっているシーフードレストランを眺めつつ10分ばかり歩くと前方に巨大な黒い塊のようなお目当ての博術館が姿を現す。
さらに近づくと幼少の頃楽しんだネズミ花火の燃えかすを思い出す形状に似た幾重にも被われた特異な外観に気づかされる。さらに目をこらして見てみると、これは建物の外観を被うオーナメント?いや骨太の皮膜のようでその内側に来館者を内部へと導くスロープ、階段等が収められている。
又先に述べたサン・ジャン防塞からのアプローチも可能で、艶やかな漆黒のブリッジからの空中散歩を楽しみながら屋上階の展望テラス、カフェからの入館も可能だ。多くの来館者はこのルートからのアプローチがお気に入りのようで、そのブリッジからの眺めも売りの一つだ。

さあ屋上のオープンテラスで一服の後は建物と皮膜の間にあるスロープからの風景を楽しもう。
南仏特有の光と風と波が自由気ままに揺れ動くさまはこのマルセイユの地でしか体験できない貴重な時間だ。硬質な建築の皮膜に縁取りされた光り輝く水面も縁取りの形状が異なるが故に多くの表情をのぞかせる。
元々はエンジニアリングを学んだ建築家の成せる計算づくされた技のような気がしてならない。
内部空間も展示内容も素晴らしく時間を堪能できるが、強烈な印象を与えた外部のスロープからアプローチをした来館者には少々シンプルな内部空間の印象を持つ事になるようだ。
その意味でも最初の入館は旧港側のアプローチを使用して、スロープを経て屋上テラス、漆黒のブリッジ、サン・ジャン防塞へのルートは後のお楽しみといきたいところだ。
サン・ジャン防塞の中にもレストラン、土産物屋等の多くの施設が有り、季候が良い日には多くの市民で賑わっている。私も都合5度ほどマルセイユには訪れたが毎回このエリアに足を向けるのが楽しみの一つで、半世紀前の事を思い出すと夢でも思えないことかも知れない。

このエリアは今後ますます開発がすすみ、ヨーロッパ地中海文化圏の中核をなすエリアになると聞いている。以前とは違い治安も安定し、観光客誘致にも積極的なマルセイユにはこれからも機会を作り再訪したい街の一つになっている。
パリからもTGVで3時間弱。気候、風土、文化、人情も異なるこの地へ足を向けるのもフランス出張の楽しみの一つだ。
ふた月続きで南仏の街歩きをした後はそろそろ秋も深まりつつあるパリへ帰り街歩きをしたいものだ。

(posted on 2022/9/1)

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