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日本建築写真家協会

Japan Architectural Photographers Society

コラム

Column

街歩き(26) ランス (ランスルーヴル)

フランスにはランスとよばれる町が2箇所ある。
ReimsとLensである。どちらの街も我々にはランスとはなかなか読めないが、前者のランスはシャンパーニュ地方を代表する大都市であるのに対し、後者のランスはベルギーとの国境に近い旧炭鉱地帯にある小さな町である。

最初にこの町を訪れたのは2015/6の初夏だった記憶がある。
戦前にはこの地域一帯はリール大工業地帯とよばれ、この地域から採掘された良質の石炭を必要とした重工業が盛んでフランスの経済を支えていたといっても過言ではない。
その後1980年代になると炭田の廃坑が相次ぎこの地域一帯が衰退の憂き目に遭い、その中心地の一つであったランスの町も荒廃の一途をたどった。

今世紀に入りこの町を一躍有名にしたのがルーヴル美術館の別館の誘致に成功し,フランス復興の一翼を担っていた石炭採掘の急激な廃れによって死の町化していたこの地域に新たな希望の灯りを灯し町の復興、活性化に成功した事による。

美術館の開館は2012/12。設計は日本人建築家ユニットのSANNA。さあランスへ向かおう。
 
パリ北駅からは本数は少ないが1時間程でTGVがランスに走っている。
駅前は旧炭鉱町の面影は微塵も感じられず、ミニチュア模型のファサードのような目新しい建築で囲まれた駅を背にした広場は無機質感が拭えなく、何よりも人の気配が感じられなかったのには少々驚いた。
美術館には広場からシャトルバスのサービスがあるが、当日はこの地域でも希な快晴だったこともあり徒歩にて向かうことにした。雑木林の中を整備された遊歩道が続き途中には炭鉱で使用されていたトロッコ軌道も認識出来、徒歩での選択が正解だったようだ。

20分も歩くと雑木林が突然ひらけ、その先に土地の起伏に沿うように高さを抑え気味にされた鈍く輝くアルミの外壁が横たわっている。過去に数多くの建築を見てきてはいるが、これほど第一印象で引きつけられた建築は思い浮かばない。さらに近づき目を凝らすとアルミの外壁には緑、青、白といった色彩が陽炎のように映り込み、外壁自体がカラーチャートのグラデーションを見ているようだ。遠くには採炭時代のボタ山が複数望める。現地で気づいた事では建築と一体化したランドスケープも素晴らしい。ゴルフ場のバンカーを彷彿させる砂利の窪地がいたる所にみられ、どのような経緯を経てこのデザインに至ったかは承知しないが、作為を感じさせない中での強烈な作為の主張が感じ取られ、ここに至った経緯話しを聞いてみたいものだ。
その後もこの地方特有の薄い霧が立ちこめ、低く垂れ込めた灰色の雲が何処までも続く季節にも再訪したが、季節、天候、時刻等の変化により刻々と移り変わる外壁パネルに映し出され漂う幻のような虚影には興味が尽きない。

 
この美術館は収蔵品を持っていない。パリの本館の膨大な収蔵品から年次毎に入れ替え作品の公開をしている。
透明感のある自然光に包まれた内部に入ると、その開放感に圧倒される。多くの美術館では絵画、彫刻等を鑑賞していると堅苦しくなり時には食傷気味に陥る事も希にはあるが、当館では純粋に美術品を楽しみ、ふれあえる気がしてくる。過去にルーヴル本館で鑑賞したボッティチェルリを当館で出会ったが同じ作品とは思えないほどの親近感を持った。
展示方法もユニークで、紀元前4千年から19世紀半ばの約6千年にわたるコレクションを時系列に展示されている。
「時のギャラリー」と名付けられた展示室には間仕切り壁が存在しない。来館者はその大空間を時の流れに沿って作品とふれあえる。
従来の展示方法に慣れている我々にはいささか面食らうところだが、慣れてくると実に見やすい展示方法だ。よってペルジーノの絵画とゴヤの作品が同時に鑑賞でき、その隣の展示物はベッルニーニの彫刻だったりする。展示物も絵画、彫刻だけではなく工芸品、遺跡からの発掘物と多種多様だ。
美術品の鑑賞の合間には併設されている、カフェ、レストランにも足をはこびたい。「時のギャラリー」の一番奥まった処に位置し、ガラス張りの広い開口部からは、起伏した芝生、バンカーのような白い砂利の窪地が望め、フランスならではのジャンボ(バケットハムサンド) にガスパチョ(スペインの夏の定番スープ) とのランチタイムは何よりの楽しみである。
今は定かでは無いが当時は確か入場料も無料だった記憶があり、ランチ後は一度外に出て午前中とは違ったパネルの外壁に映り込むまぼろしのような虚影を楽しみ、再度内部に入ってみると午前中とは趣が違った「時のギャラリー」の光の戯れを体感するのも楽しみの1つだった。

美術館のあるランスからは1時間弱でベルギーとの国境を越えられる。最初の訪問時では夏時間時でも有り、ベルギーへ抜けブルッセルのグランプラスでムール貝と白ワインを楽しみ日帰りでパリに戻った記憶がある。
これもTGVでの移動の成せる技である。

ルーヴル美術館の別館はこのランス以外にも中東のアブダビにも2017年に開館している。こちらの設計者はジャン・ヌーヴェル。2019年に撮影に行く予定をしていたがコロナ蔓延の余波で延期になったまま3年が過ぎてしまった。早期に諸々の制約が解除され海外に出られる日を心待ちにしている人は私だけではあるまい。

さあ次は何処へ行こうか?
この時期、バカンス客が大挙して押しかけているであろう南仏辺りをぶらつこう。

 

(posted on 2022/6/29)

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