日本建築写真家協会

Japan Architectural Photographers Society

コラム
column

町並み探訪vol.26 (岐阜県高山市・その2)

今回も高山市を散策します。
高山陣屋は朱塗りで有名な中橋(なかばし)の西側、市街地の一角にあります。

元禄5年(1692)、江戸幕府の命により高山藩主の金森氏が国替えとなり、飛騨国は幕府直轄領になりました。直轄領になった理由は明らかではありませんが、飛騨の豊富な山林資源が背景にあったのではとされています。
国替え以降、慶応4年(1868)までの176年間、25代の代官・郡代が幕府による飛騨支配のための執務を行いました。金森氏の下屋敷があった場所に陣屋が移され、高山城三之丸から米蔵も移されました。安永6年(1777)、第12代大原代官の時に、検地実施による石高増加の功績で、飛騨代官は飛騨郡代へと昇格しました。

幕末には全国に60数か所あったと言われている代官所の中で、当時の主要建物が残っているのは高山陣屋のみで、明治以降も昭和44年(1969)まで県や郡の事務所等に使用され続けました。なお、昭和4年(1929)には、国史跡に指定されました。

昭和44年の岐阜県飛騨県事務所移転により、江戸時代の姿への復元整備事業が行われ、昭和49年(1974)、一般公開が開始されました。


「玄関」 ここからは代官・郡代や幕府派遣の巡見使(じゅんけんし)のみが出入りしたといわれる


「大床(おおどこ)」 青海波(せいがいは)の文様と、2間半(約4.5m)幅の床の間


「御役所(おんやくしょ)」 役所中枢部の執務室、玄関のすぐ脇に位置している


「大広間」 年始をはじめ重要な年中行事などで利用された高山陣屋で最も広い部屋


「大広間と庭」 ここまでは江戸時代から残る建築部分の撮影作品


「復元部分」 総敷地面積11,000㎡以上が国史跡に指定されている

出典:高山市ホームページ、飛騨高山観光公式サイト、高山陣屋ホームページ
※許可を得て撮影・公開しております

(posted on 2021/6/2)

林政司

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