日本建築写真家協会

Japan Architectural Photographers Society

コラム
column

町並み探訪vol.17 (岐阜県瑞浪市・その3) 

今回は山間部から移動、再び南下し、まずは中央本線 釜戸駅へ行く。
因みに、先回訪ねた大湫宿は徒歩移動の場合、ここ釜戸駅が最寄り駅となることから、散策マップも置かれている。しかし大湫宿迄の道のりは、ここから約4km上り坂ばかりなのでそれなりの覚悟が必要である。
中央本線は、明治33年(1900)名古屋-多治見間が開業、明治35年(1902)には多治見-中津間が延長開業した。釜戸駅は瑞浪駅と共に、中津までの開業時に開設されている。現在の駅舎が往時を忍ばせるが、開業当初から存在していたかは判らなかった。
なお、中津は、明治45年(1911)中津川に改称している。


「中央本線 釜戸駅」木造の小さな駅である 外の飾り柱の意匠が特徴的である

釜戸駅から直線距離で約5km西方へ移動。櫻堂薬師(さくらどうやくし)に到着する。櫻堂薬師はかつての天台宗寺院(瑞櫻山法妙寺)で、弘仁3年(812)に創建されたとされる。その後、元亀2年(1571)織田信長の命を受けた美濃金山城主 森長可(もりながよし)によって焼き討ちされたと伝わる。
その後、当地を治めた岩村藩の援助によって再興された後、現在では地元住民の手によって護られている。


「櫻堂薬師 仁王門」現在の道路はここを避ける様に通る 平成20年(2008)大規模修理が行われた

「櫻堂薬師 本堂」寛文7年(1667)建立 仁王門と共に、瑞浪市指定有形文化財である


「弁財天のハス」

以前、可児市兼山の取材時(2019/3/3)に、岩村藩松平氏は木曽川の兼山湊から江戸蔵屋敷へ御廻米を船送りしたと記述した。今回再び岩村藩、そして美濃金山城主 森長可の名が出てきた事で、兼山(可児)から瑞浪、岩村へと街道そして商圏が繋がっていた事がよく判る。

出典:瑞浪市ホームページ
瑞浪市史 近代編 交通・鉱工業(瑞浪市教育委員会 編)

(posted on 2020/9/2)

林政司

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