日本建築写真家協会

Japan Architectural Photographers Society

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NOSTALGIC JAPAN㉖「赤沢宿 大阪屋」その壱 山梨県南巨摩郡早川町 

日本一人口の少ない町、早川町。
早川町は山梨県の南西部に位置し、東西15㎞・南北に38㎞・面積369.8㎢の広大な区域を有する南アルプスの峰々に囲まれた山間の町。
身延山と七面山の間に挟まれその中腹にあるのが「赤沢宿」。


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「赤沢宿」は、日蓮宗総本山・身延山久遠寺と七面山を結ぶ巡礼の道にある唯一の宿場町「講中宿」として栄えてきた。江戸時代、徳川家康の側室お万の方の功績により、七面山の女人禁制が解かれる。それに伴い身延講などが盛んになるにつれ、七面山への参拝者が急増し宿場町として活気を増してきた。明治時代に建てられた講中宿(こうちゅうやど)の家並みが続くその歴史的な町並みは、1993年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。


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大正から昭和にかけて身延線の開通とともに参詣客も急増し、赤沢宿も隆盛をきわめたが、道路の整備や交通の便がよくなるに従い、昭和40年代ころより宿を利用する者は激減して行く。

軒下に吊るされているのは、参詣者が残していった講中札「板マネギ」。元は平屋の民家。広い土間と床上6室を基本とした大きな農家の間取りだった。参詣者の増加に伴い、明治初期に2階建てに改修。改修時には上質な建具も設置された。


建てられた頃は平屋の小屋組み構造の板葺き屋根だったが、明治初期に2階部分が増築された。(写真提供:大阪屋)


現在の大阪屋

江戸時代から「講中宿」として栄えた旅館「大阪屋」は2004年に一旦長い歴史に幕を下ろす。しかし、2016年「ゲストハウス大阪屋」として復活した。

秘境のベールに包まれた赤沢宿大阪屋。
時空を超えて、人々を魅了し続ける姿を連載にてご紹介する。

(posted on 2020/7/27)

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