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日本建築写真家協会

Japan Architectural Photographers Society

設立25周年企画展
25th anniversary exhibition

コラム

Column

街歩き (16) マルヌ・ラ・ヴァレ(フランス) 

映画のロケ地巡りが旅の目的の一つで有る事はこの連載コラムの中で何回か先に述べた。
今回はフランスヌーヴェルヴァーグのトリであり、この映画運動を代表するフランス人監督E・ロメールの作品に登場するロケ地について書いている。彼の代表作はヴェネツィアでの金獅子賞「緑の光線」 カンヌでのグランプリ「O伯爵夫人」 ベルリンでの銀熊賞「コレクションする女」と上げれば暇が無い。
2010年に89歳で没するまでに多くの短編、長編を世に送り出しているが、今回このコラムで紹介する作品は建築が主役だと言っても過言ではない集合住宅が舞台の「満月の夜」と「未来都市ブラジル」である。
ロメール自身が建築に対し造詣が深く、若いときには建築家か映画監督かの選択で後者を選択した過去があり、彼の建築に対する尋常ならざる視点はあたかも建築を呼吸する有機的な被写体として捉えている感がしてならない。

いささか街歩きと題したコラムから脱線気味の様なのでこの二作品のロケ地マルヌ・ラ・ヴァレについて書くことにする。このパリ近郊の新都市の一つは、治安の悪さで悪名高きRER(郊外高速線)4号線で一時間ほどに位置する衛星都市である。この沿線の終点にはユーロディズニーも控えているのだが、筆者自身も3号線、4号線の夜間乗車には気が進まない。何年か前、パリ在住の教え子の女性が私との食事後に携帯,パソコン一式を献上?したのもこの路線だった。

「ピカソ・アリーナ」と「アブラクサスの宮殿」と呼ばれる二棟はローニュ駅を介し正対して建っている。掘り割り状のプラットホームから地上駅に出ると移民の人達の多さに驚かされるが、この地域の移民は北アフリカや中東の人達が多いようだ。「アブラクサスの宮殿」の設計者であるスペイン人建築家R・ボフィルはこの作品で名声を得フランス各地で同様の集合住宅の設計を多く手がけ巨匠への階段を上り詰めた。

前後2度この地を訪れたが治安の悪さが顕著に感じられ、夜になると麻薬の売人達が屯し、窃盗、強盗等の犯罪多発地帯でもある。その後ニュースで知ったのだがパリ市内での暴動に呼応し周辺の衛星都市群にも飛び火した暴徒達がこの辺りで機動隊と衝突し多くの死傷者を出したらしい。
とは言いつつロメールが描いた風景が存在し、体感出来る計画都市と言っても過言ではない。この辺りの集合住宅は日本の郊外で目にする規格化され、無機質な風景とは一線を画している。夜の現状はいざ知らず、昼間に行けばフランスの一般庶民の日常が垣間見られ、ロメールが描いた絵のように彼らの日常、生活の背景として建築が佇んでいる。このような個性的な集合住宅群はパリ郊外には数多くあり、映画のロケ地として多くの作品の中で紹介されているが、最近の作品では12人の監督がオムニバスにパリを描いた「パリ・ジュテーム」がお薦めかもしれない。

ロメールが生前語っていたロケ地についてのコメントで、何故マルヌ・ラ・ヴァレをロケ地に選んだかのコメントで「デファンスに代表される高層住宅は住むための機械であり好ましからず」とまで言い切っている。

古い話で恐縮だが、50年~60年にかけてのイタリア映画が好きで今でもよく見ているが、当時のジェルミ、デシーカ、アントニオーニといった有名監督達は作品の随所に建築を絡ませた絵を描いている。ジエルミは「鉄道員」で鉄道官舎を舞台にした人々を描き、デシーカは「終着駅」でローマ・テルミニ駅での全編オープンロケを敢行し、前者の鉄道官舎はミラノ市内に現存し、テルミニ駅は撮影当時そのままで今でもワンシーンごとに撮影ポイントを探し出す楽しみも味わえる。
悲しいかな最近ではあまりその様な建築が舞台の作品に巡り会っていないのは私の勉強不足なのかもしれない。

もしこのコラムで興味をもち現地に行きこの住宅群を体感したいと感じたならば必ず日中の明るい時間に出来れば何人かで連れ立って行かれる事を薦めたい。

(posted on 2018/12/10)

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