日本建築写真家協会

Japan Architectural Photographers Society

コラム
column

Mt. Fuji – REST ROOM 

私の田舎は山梨県南巨摩郡身延町に在る。目の前には醍醐山が聳え立っている為に、富士山は全く見えない。残念な事に身延山にでも登らないと富士山を拝めないのだ。そんな土地柄か山と言えば南アルプスを思い浮かべる。身延町の向こうには南北に連なる雄大な山々が身近に聳え立っている。しかし、そんなメジャーな山に登らなくても裏山にある畑へ野菜を収穫しに行くだけで十分満足する。いわば、私にとっての山とは「里山歩き」に近い、というよりは「里山歩き」そのものなのだ。よって「富士山」は近くて遠く、なじみの無い山なのである。

いっぽう、関東や東海地方では、冬場の空気が乾燥して澄んだ季節には、東京湾をまたいで木更津方面や、東京の都心部など至る所からその雄姿を拝むことが出来る。また、山梨県や静岡県では富士山と建物をセットで撮影して欲しいというリクエストも多い。そんな事から、私にとっての富士山は、登る為の山ではなく、観る為の山、写真に収める為の山である。そういった意味では日本一身近な山になる。無論、山頂まで登った事は無い。

富士山

① 東名道静岡県富士市より
② 富士急ハイランドより
③ 東京都杉並区 京王リトナード永福町より
④ 本栖湖より
⑤ 箱根ターンパイクより
⑥ 身延山より
⑦ 東京都足立区 舎人公園より

今回、富士山の七合目に完成した公衆トイレの撮影に入る前に、富士山に登った事がある友人に体験談を聞いてみた。すると、昔から富士山では「トイレ事情」が問題になっていたようだ。2000年代初期までは、夏の登山シーズンにし尿をためておき、シーズンオフに山へ放流していたそうだ。微生物も少ない富士山七合目付近では、し尿はほとんど分解されない。当然トイレットペーパーなど分解されることもなく、これが垂れ流れて「白い川」を作り上げていた。また、臭いも強烈だったようだ。そこで、このままじゃマズイと言うことで、バイオ式など環境に優しいトイレへ切り替えた。この「バイオ式トイレ」とは杉チップの消臭作用と、バクテリアの分解作用によって、し尿を炭酸ガスと水に分解してしまう、自己完結型の循環式トイレ。

ただし、設置時には20万~22万人だった年間登山者は、2013年に富士山が「世界文化遺産」に登録された後には31万人にまで急増してしまい、「バイオトイレ」の処理能力25万人分を軽くオーバーしてしまう。昨年の夏には、八合目の公衆トイレでは長蛇の列が出来ていたそうだ。おなかの具合が悪かった彼はどうにも我慢の限界を超えてしまい、列から外れどこか草むらで用を足そうとした。 しかし、山頂付近には隠れて用を足す場所が無いのだ。仕方なく山小屋の裏にある倉庫の中で携帯トイレに用を足そうと扉を開けたところ、暗がりの中から強烈なアンモニア臭と何か動物の気配を感じた。薄明かりの中でよく目を凝らして見ると、奥の方でしゃがんで上目遣いにこちらを見ている素敵な山ガールと目が合ってしまったそうだ。笑うに笑えない話である。

そんな中、富士山吉田口下山道の七合目公衆トイレの改修工事が終了。便器の数を2倍の10基に増やし、1日当たりの処理能力も3300人分と約3倍にする。菌床はそば殻を使用して好気性バクテリアによって、し尿を発酵分解する仕組み。水洗でもなく、汲みとり式でもない、悪臭もしないという新型の自己処理型のバイオトイレが完成した。

11月初旬に現場監督から連絡が入り、撮影日が決定する。「七合目付近はとても寒いから暖かい格好で来て下さい。手袋は忘れないように。」と言われたがそもそも11月の富士山七合目の状況と、どの様な格好で登ったら良いのか全く分からない。そこでいつもお世話になっている山梨県在住の建築家N氏に相談する。N氏は登山家でもあり、実際に富士山へも測量で登ったことがあるので心強い。いわく、この季節、ニット帽は必需品だそうだ。また、真冬の格好+カッパを着て撮影に挑んだ方が良いとアドバイスを受ける。天候が猫の目の様に変わる富士山はいつ突風が吹荒れ雨が降り出すか分からない。このアドバイスが無かったら寒くて撮影どころではなかっただろう。実際に手袋を外した状態では寒くていられなかった。N氏に感謝。

撮影初日は雨の為に中止となる。しかし、とりあえず五合目まで向かい待機場所まで進む。

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待機場所まで来たが、あまりのコンディションの悪さに現場も見ないで解散。雨と突風でとにかく寒い。次の日に懸ける。

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    翌日は快晴
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    富士スバルラインを五合目へ向かって
    ずんずん進む
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    富士山三合目付近にてパシャリ

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初めて富士山の影を見た

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五合目からはブルに乗換えて七合目を目指す。かなりの急勾配だんだん気温が下がってくる

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七合目吉田口下山道公衆トイレへ到着

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    七合目から望む河口湖
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    こちらは山中湖
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綺麗になった女子トイレ

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爽やかな男子トイレ

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    電気室・尿タンク室
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    撮影が終わって記念写真
    落石の危険があるのでヘルメットを着用
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    下山した後、吉田のうどんを食べて暖をとった

撮影が終わってから現場監督から衝撃的な話を伺った。工事を始めるにあたって既存公衆トイレの現地調査に行った時の話。

新型の機械を設置するのに「何でこんなに悪臭がするのだろう」と思いながら地下へ潜ると、あたり一面に大量の排泄物が溢れていたそうだ。そりゃそうだろう。登山者が急激に増えたおかげで、公衆トイレの処理能力を軽くオーバーしているのだから。どこかにそのシワ寄せが来るのは容易に想像出来る。それを精鋭部隊が手動ですくい取り、バケツリレーでブルドーザーに設置したタンクに移し、洗浄するという作業を2日間かけて行ったそうだ。想像しただけでも恐ろしい地獄絵図である。もちろんそんな仕事を簡単に引き受けてくれる業者などすぐには見つからない。途方に暮れていた矢先に「神の住む山、富士山に申し訳ない」と、地元の有志が立ち上がってくれたそうだ。その人たちのお陰で工事が着工出来たのである。

また、工事中には夜中に現場の中へ勝手に入り込み、焚き火をした不届き者がいたそうだ。万が一火事にでもなったらどうするつもりなのだろうか。当たり前だが富士山では水は大変貴重。トイレ清掃などにも十分な水が使えません。綺麗な富士山の環境を維持するために、意識して綺麗に使うように心掛けましょう。

(posted on 2015/12/4)

海老原一己

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