NOSTALGIC JAPAN ⑤「テーラー渡辺」文京区向丘
子供の頃、ポマードでテカテカ光った頭のおじさんが父親の背中にメジャーをあて、背広の採寸をしているのを眺めていた記憶がある。奥のほうで静かにミシンを踏む「キシキシ 」という音がしていた。たぶん、これがテーラーの原体験かもしれない。
テーラーとは「紳士服の仕立屋」を意味する。テーラー(tailor)の語源は”to cut”だそうで、元々はパタンナーなどのような”裁断師”といった意味合いで使われていたらしい。
「テーラー渡辺」は文京区向丘で3代続く老舗。
日本医科歯科大学病院に程近く、路地を入ったところにある。
その店構えはなんとも懐かしい風情。子供の頃に父親に連れられて一緒に行ったテーラーはこんな感じだったのかもしれない。
私のツイードジャケットは全て「テーラー渡辺」で仕立てをお願いしている。夏も終わり、めっきり涼しくなった秋の夜、虫の鳴き声が聞こえてくると渡辺さんの顔が浮かんでくる。この季節になると新しいツイード生地が日本に入ってくる。ツイードの柄は「ヘリボーン」「ガンクラブチェック」等がスタンダードだが、上級者になると人と違ったモノが気になりだす。綺麗な色の生地はあっという間に売れてしまうのだ。渡辺さんに電話すると「キュートな色柄のハリスツイードの生地が入荷されているよ!早く来ないと売れちゃうよ」。
歴史を感じさせる工房にはミシンやトルソー、アイロンなどの道具が所狭しに並べられている。まるで大正時代にタイムスリップしたような空間。
正にアルチザンの世界だ。写真は昨年引退した渡辺さんの親父さん。無理を言って工房に入って貰った。
渡辺さんは言う。「“場面”は物を言わない」なんとも哲学的だ。
「形のない物を信用してもらうためには、オンリーワンが大事なんだよ」
(posted on 2018/2/28)