日本建築写真家協会

Japan Architectural Photographers Society

エッセイ
essey

渡辺義雄先生の思い出 小川重雄

日本建築写真家協会に2017年から入会いたしました小川重雄と申します。
この機会に、学生時代に直接伺った渡辺義雄先生のお言葉を思い出してみようと思います。
申すまでもありませんが、渡辺先生は日本建築写真界の大御所であり、日本大学藝術学部写真学科の教授でもありました。

「表現と再現」




01

筆者が大学3年の時に撮影した山岳写真。北海道の雌阿寒岳へ夜明け前に登り、早朝の斜光線で撮影。

実を申しますと、私はプロの山岳写真家を目指して日大藝術学部写真学科に入学したのでした。
その頃、尊敬していた山岳写真家の白川義員氏が「建築写真の勉強をすると山岳写真の表現に役に立つ」とある本に書いていたのを見て、建築写真の講座を取る事に決めたのです。
添付した01の写真は、私が大学3年の夏休みに北海道の雌阿寒岳を撮影したものですが、ご覧の通り、立体感やスケール感、質感の表現において、山岳写真と建築写真は共通項が多いのです。
さて、大学3年の前期、渡辺先生が講義を行う「特殊写真研究」という2単位の科目を受講しました。建築写真の撮影技術を学ぶ講義です。
まず渡辺先生がご自身の作品をスライドで見せながら講義をされるのですが、含蓄あるお話の連続でした。
最初の授業で最も印象的だったのは「表現と再現」のお話でした。
「大きなものを撮った写真を大きくプリントする人がいますが、それは再現しているだけの場合が多い。きちんと表現された写真は、たとえ小さなプリントでも大きさを感じることが出来る」
若干20歳の私は、このお話におおいに唸ったのでした。

「建築写真の基本は全景にあり」

02

渡辺先生に提出した課題写真。大手町に存在感を放つ日本興行銀行本店。大学から借りたトヨビューで撮影。

伊勢神宮や赤坂迎賓館などのスライドレクチャーが終わると、いよいよ撮影実習です。
最初に出された課題は「建築全景」。
渡辺先生は、建築写真の基本は全景にある、と述べられました。
建築がどのように地面に接しているか、キチンとわかる絵にしなさいと。
そして、被写体となる建築を自分の眼で選んできなさい、と申されました。
さあ、大変です。
建築を選ぶ審美眼が試されます。
そして、4×5のビューカメラで撮るのがルールでしたから、現場までその重い機材を運ぶ根性も試されるのです。
私はまずカメラを持たず、空荷で都内をロケハンして回りました。
大学で貸してくれる4×5用の広角レンズは90ミリだけでした。
35㎜の一眼レフに換算すると28ミリくらいで、それほどの超広角ではありません。
その画角で看板や電柱に邪魔されず、すっきり足元まで撮れて、なおかつ格好の良い建築、というのは都内広しといえど、そんなにありません。
やっとひとつ発見し、クルマの少ない週末に4×5のビューカメラを担いで撮影したのが、添付した02の写真です。
渡辺先生は、「建築写真は快晴が望ましい、雲があると情緒に流れた風景写真になってしまう」と申されていたのですが、あいにくその日は雲が若干ありました。
でも、この写真に渡辺先生は90点をつけて下さいました。
今見ると、ずいぶんと点数をオマケしてくださったなあ、と思いますが、当時は随分と嬉しかったものでした。
後日、建築写真の道を歩み始めてから、この建築が村野藤吾先生設計の「日本興行銀行本店」であることを知りました。
この建築は2016年の秋に取り壊されてしまいました。僕の青春の記念碑としていつまでも残っていてほしい、と願っていたのに、あまりに残念です。

「建築全体を想起させる部分を撮影せよ」




03

渡辺先生の傑作「岡田邸」。出典は新建築社刊『建築20世紀・part1』

さて、渡辺先生による建築写真の実習は続きます。
「建築全景」の次の課題は「建築部分」でした。
今回も、モチーフの建築は自分で選ぶのです。
渡辺先生曰く、
「建築全体を想像させるような部分を撮ってきなさい」
何と難しい課題でしょうか!
学生には無理です、不可能です。
プロになった現在でも、この課題をクリアするのは大変です。
その当時、この課題で僕がどんな写真を提出したか、記憶があいまいです。
当然、プリントもネガも残っていません。
上野の東照宮の部分を撮ったような記憶がありますが、定かではありません。
ともかく、その「建築全体を彷彿させる部分を撮ってきなさい」という渡辺先生の言葉だけが鮮明に残っています。
その渡辺先生の代表作を1枚挙げよ、と言われたら、僭越ながら僕は、この「岡田邸」の1枚を選びます。(添付画像03参照、出典は新建築社刊『建築20世紀・part1』)
有無を言わせぬ説得力と美学に溢れています。
「建築全体を想起させる部分」という課題の模範解答を見せられた気がします。
堀口捨巳という数寄屋とモダンを横断した建築家の立ち位置を、1枚で表した凄い写真です。
いつかこのような1枚を撮ってみたいと思います。

「君の事は覚えていない。君の撮った写真は覚えている」

大学卒業後、渡辺先生にご紹介頂いた川澄明男先生の建築写真事務所に就職しました。
私の建築写真家としてのキャリアの始まりです。
建築の事、建築写真の事は全くのゼロからのスタートでしたから、川澄先生の元で必死に勉強しました。
川澄事務所在籍中に25歳の若さで結婚する事になり、仲人である川澄先生から「披露宴の主賓として渡辺先生にご出席をお願いしなさい」と言われ、恐縮しながら渡辺先生のお宅に電話しました。
電話口に出られた渡辺先生はあまり気乗りしないご様子でしたが、披露宴にご出席くださることを約束してくださいました。
さて、披露宴当日。
主賓として渡辺先生が祝辞を述べてくださいました。
「小川君の事はあまり良く覚えていません。ですが、彼の撮った写真はよく覚えております」
たったこれだけの短いスピーチでしたが、私は天にも昇る心地でした。
本当に有り難かったです。

2014年より、母校の日本大学藝術学部写真学科において、かつて渡辺先生が教鞭を取られていた建築写真講座を私が担当することになりました。
これ以上の名誉はありません。
全力で講義を行っているつもりです。
明日の建築写真界を担う人材が受講生の中から誕生してほしい。
そう願っております。

(posted on 2017/12/6)

小川重雄

Writer:

back to top of this page
TOP