日本建築写真家協会

Japan Architectural Photographers Society

コラム
column

写真作家デビュー? 土面彰史

SDIM7911

今年から、某ローカル雑誌で連載を開始しました。
タイトルは、「幻影城」。城マニアの一人として、勝手気ままに撮った写真をブログにあげていたら、お声がかかった。
自分が好き勝手に撮った写真を、連載して貰える写真作家デビューと喜んだのも束の間、文章もと言うから、さあ大変!
初回での幻影城のコンセプト部分を少しコピペ致します。

現在、日本の城には、現存天守が12箇所 復元天守(外観のみも含め)が14箇所
合計26箇所の天守が、外観上は真面な天守である。
一方、復興天守(規模や意匠に推定の部分があるか、規模や意匠を再建時に改変した天守)と模擬天守(天守のなかった城や、天守が存在したか不明な城に建てられた天守)を合わせて65箇所ある。復元、復興、模擬と、日本的な微妙な言い回しではあるが、日本全土にある天守の7割が復興か模擬であり、すなわち捏造か改竄された偽物の天守なのだ。

ほとんどの城は、町のシンボルとして観光地化され、出店やお土産屋が並び
当たり前の様に桜が植えられ、提灯や街灯、ライトアップ、過剰な説明看板やのぼり旗
と賑やかで、豪華な御殿や名庭など、平和な時代の城になっている。
そのくせ、群雄割拠した時代の主たる英雄をまつり上げ、時代考証もハチャメチャな集客スポットが多いのが今日の城である。

城の本来の目的は、攻めて来た外敵と戦う守備施設だ。
それらは、地の利を活かし、攻められにくく守り易い創意工夫をした傑作である。
最盛期の安土桃山時代には、3000箇所近くあったが、次第に淘汰されてゆき、
1615年の一国一城令により、陣屋を含んでも300箇所ほどなってしまった。
それらも、明治に廃城となり8割が取り壊され、第2次大戦中に9箇所の天守が焼失。
昭和30~40年代に築城ブームが起こり、田中角栄の木造禁止令で鉄筋コンクリートの復元、復興、模擬天守が沢山誕生したが、平成になってからは、木造の完全復元が当たり前になっている。

近年、昭和のコンクリ天守は、コンクリートが寿命を向かえつつあり、
補強工事中や立ち入り禁止、もしくは廃墟という現状も少なくない。
今後は、復元可能な建物は木造で再建され、復興と模擬は消えていくはずだ。
近い将来、全国に30箇所程の天守しかないという時代が来るのだ。
そう考えると、復興や模擬天守も、極めて貴重な存在となる。
存在自体が既に歴史を刻んでいる以上、歴史を冒涜した重要な証拠物件であり、
贖罪の意味を込めて、偽物は偽物らしく、最盛期に3000箇所近くもあった、

今は亡き何れかの城の勇姿に当てはまるのではないかという思いで撮影を始めた。
本物、偽物の天守がある城を合わせて91箇所、櫓や門のみの城を入れて120箇所程である。それらすべてを利用して、本来の守備施設としての城を再現することで、
日本人の潜在意識の中にある原風景の城にリンクし、歴史の闇に葬り去られている兵達の魂の解放を促そうというのが「幻影城」の骨子である。

美しく平和な今日の城を、本来の城に変える方法として、
目に見えない光線である赤外線で撮影することで、反転強調させ異空間を演出し、
色情報を抜き、白飛び、黒潰れ、ボケ、逆光、粒子の荒れなどで、
邪魔なもの目立たなくしています。

と、こんな感じで、話すのと違って文字で説明すると結構長くなり、メインの写真よりも文章の比重が多くなって難しいです。

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(posted on 2015/12/18)

土面彰史

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