日本建築写真家協会

Japan Architectural Photographers Society

コラム
column

街歩き (22) 楊家堂村(中国 浙江省) 堀内広治

前回に引き続き今回も浙江省の山間部の小さな集落について書いている。前回紹介した諸葛村からさらに車で4時間ほどかけ麗水市松陽県に入る。
この山間部の辺境地に向かうのにも整備された高速道路を使い快適なバス移動が楽しめる。驚くのはその大部分が真新しく建設された新幹線と併走している事で、我々が走っている高速道路も併走している新幹線も過大な言い方をすれば何処までも真っ直ぐなのには驚かされる。土地の私有が許されていない中国ならではの成せる技なのだろう。同じような話しで我々が滞在した縉雲県は人口が100万人近くある大都市だが10年前までは何も無い荒れ地だったらしい。まさに中国版一夜城だ。そんなところにいくつもの高層建築を見かけたが如何するのかは大きなお世話以外の何でも無い。

さあ村に近づいてきたようだが我々の小型バスでは村までの取り着け道路が峡細すぎ手前で下車し20分程の急峻な坂道を登り、徒歩での訪問を強いられた。
この村が属する三都郷には中国伝統集落に指定されている集落が数多く存在し、周辺を取り囲む山、その山の頂上付近まで開墾された段々状の茶畑が三位一体となりこの地域独特の風景を作り出している。
この地域の特産品のお茶は中国でも名をはせるほどの銘茶で、よってこの村一帯は有名な産地らしく、見た限り全ての収穫作業が手作業で行われている。この地で生産されているお茶は都市部で購入すれば驚くほどの高値で販売されているのを目にした。日本で言えばさしずめ手摘みの高級茶ってところかも知れない。

村の入り口に着いたようだ。村の名前は楊家堂村。人口は二百人程の寒村だ。
上海の南東約400km、車だと7時間程の行程だ。
訪れたのは三月中旬だったが、既に初夏の陽気で村の入り口の高台からは陽炎に煙った村全体が俯瞰できる。村は一時間も有れば一周できるほどの規模なので、同行の学生達とも解散し村の散策を楽しんだ。
先にも述べたがこの地域は山が多くその山を開墾した棚田風景の美しさが村からも遠望できる。村自体も谷の斜面にへばりつくように配置され、コンタを積み重ねた模型を見ているようだ。
村の入り口には客人を向かい入れるかのような樹齢数百年は経ている大きな楠が15世紀の開村以来村民の心の拠り所として村全体を見つめ、誰もがこの古木の視線を感じつつ村を訪れる。
斜面の形状に沿って民家が配置されている為、散策とは言ってはみたが想像以上にアップダウンがきつく,何度もの
休息をはさんでの散策を楽しんだ。村人と出会うのはまれで、辻や路地で行き交うのは同行の学生ばかりで、この村をサーベした経験がある留学生に聞くと,男性の住人の大半は都会に出稼ぎに行き残った女性達は茶畑での作業に出払っているらしい。

この辺りの集落の殆どがねずみ色の瓦やスレートで屋根を葺いているせいか、太陽光の下でも光り輝く感じでではなく、いぶし銀のように鈍く輝く印象で、イタリア中部の山岳都市と村全体の構成や形状は同じでも瓦の色彩一つでこうにも印象が異なるのには興味をそそられた。
開村が15世紀と伝わるが,建村当時の建物も何軒か見かけるが、さすがに手を入れていないせいか屋根が落ちている民家も見かけられる。

この集落も国指定の伝統集落保存地区に指定され、国費での保存、修復が決まっているらしいが、見た限りでは未だ未だ時間が掛かりそうだ。

半日ほどかけて村の散策を終え村はずれの民宿が経営する食堂で昼食をとったが、今回の旅行中で最も脳裏に残る食事となった。
色々な国で結構な所謂ゲテモノを食している自負はあるが、今回は簡単に言えば絞めたばかりのニワトリのぶつ切りナベ。それに自家栽培の野菜等を煮込んだだけのいたってシンプルな、いや私にしては複雑怪奇なマジゲテモノ料理となった。
わかってはいたがいつもながらの拒否反応が出てきて、ライスのみの昼食となったが,隣の学生の取り皿には絞めたてのニワトリの足がそのままの形で鎮座しこれには些か閉口した。
これも旅の楽しみとするか?イヤムリムリ!

(posted on 2019/6/4)

堀内広治

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