日本建築写真家協会

Japan Architectural Photographers Society

コラム
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街歩き (17) ヴァンス(フランス) 堀内広治

欧州では数多くの空港を利用したが、着陸時の高揚感で言えばニース空港ほど期待を裏切らない空港は他に思い浮かばない。正式名称はニース・コート・ダジュール空港。名前を聞いただけでも地中海の紺碧海岸が目に浮かび旅情をかき立てられる。
着陸時、特に東側からのフライトはイタリアのサンレモ辺りで海岸線に近づき国境の町ヴァンテミリア、フランスに入りマントン、モナコと右手に見ながら高度を下げていく。モナコ上空では高度が400メートル辺りまで下がり、蜂の巣の村エズやサンポールの町まで遠望でき、モナコ湾に係留されているクルーザーをも判別できる。この間約10分程だがまさにコート・ダジュールの海岸線空中散歩が楽しめる。やがてニース上空で大きく南にバンクし一度海岸線を離れ次に北へバンクし今度は東に機首を向け海に着水するように着陸する。
この高揚感はやはり現地で体感する以外なかなか伝わらないようだが、一度でいいのでこの空中散歩を体感して欲しいものだ。

今回の街歩きはこのニース空港から車で一時間弱、ここも南仏独特の中世の村だが前記したエズやサンポールほど観光地化されてなく人々の生活の匂いがほどよく感じられる居心地の良い村だ。此処を訪れる観光客の多くは村の郊外にひっそりと佇む小さな礼拝堂を目的地としているが、先程も述べたが村自体が素晴らしく居心地が良く、筆者自身もニース、カンヌに宿泊するよりこの村に近頃は滞在する機会がふえたようだ。
村を囲む城壁が完璧に残り5カ所の門が村を守っている。中に入れば渦巻き状の路地が村の中心の広場に導いてくれる。その中程にはカロリング様式のカテドラルがあり中の礼拝堂ではシャガール制作のモザイクタイルの壁画を見ることが出来る。

さてそろそろ村一番の観光地に向かうことにする。村を抜け坂道を歩くこと15分、シュロの木に囲まれたプリミティブな礼拝堂がひっそりと迎えてくれる。この礼拝堂を有名にしているのは画家のマティスが晩年の4年間をかけ建築、ステンドグラス、壁画、祭壇等全てを構想し手がけた彼自身の代表作だからだ。
名称はロザリオ礼拝堂だが現地ではマティス礼拝堂の方が一般的なようだ。この礼拝堂にマティスが関わる過程がなかなか感動的な為、その話しが人々の心を動かし人気の要因の一つにもなっている。
晩年の域に達したマティスが重篤な病に臥せた時、担当看護師の献身的な介護の力もあり奇跡的に回復する。後日修道女になった看護師が戦禍で焼け落ちた礼拝堂の再建をマティスに依頼し彼自身から快諾を得たらしい。
彼は礼拝堂の設計を無報酬で請け負い、人生最後の力をこの礼拝堂につぎ込み、1951年に完成し4年後に84歳でその生涯を閉じている

何の装飾のない外観にスケールアウト気味の鉄製の十字架が青空に浮かび上がり印象的であるが、一歩中に入ると壁一面のステンドグラス。
空、植物、光を三つのテーマとして選び、そのテーマを具体化した色として青、黄色、緑を使用した。マティスが好んで使った赤が使用されていないが、光が床に反射し青と緑が交わる箇所に赤紫色が生まれている。
この光のマジックを見たければ冬の午前中に行かないと見られない。
最初はこの光のショーに圧倒されるが、石の祭壇、十字架、聖水盤と全てのデザインを手がけ、まさにマティスの理想の空間となっている。いやマティスワールドといっても過言ではないだろう。

まさに光のビックリ箱のような礼拝堂を堪能した後には、ニース市内に戻りマティスが初期にアトリエを構えた隣地にあるマティス美術館に立ち寄り、彼の画家人生を振り返るのも良いのかもしれない。

最後に一つだけ付け加えるとしたら、前記の礼拝堂からすぐの所にミッシュランで星を獲得しているレストランがあり、ランチタイムに出かければパリやリヨンのレストランでは想像も出来ない低価格で食事を楽しめるのもこの村に滞在する楽しみの一つかもしれない。

(posted on 2019/1/10)

堀内広治

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