日本建築写真家協会

Japan Architectural Photographers Society

コラム
column

街歩き (14) パペーテ(タヒチ) 堀内広治

今回の街歩きはパペーテについて書いている。この連載で初めてのプライベート旅行での訪問先だ。
日本からは赤道を越え、日付変更線も越えた南太平洋のはるか先にある有名なリゾート地は直行便で約12時間、パ
行に行くのと同時間のフライトを要する。

飛行場のあるパペーテはタヒチの首都であり行政の中心地でもある人口25万人を有する大都会だ。
正式な国名はフランス領ポリネシア。よって国家元首はフランス大統領であり、街のいたる所にトリコロール旗が掲揚されている。
通常タヒチといえばパペーテのあるタヒチ本島ではなく、海域にある五つの諸島群、118の島にある個性豊かなリゾート地の総称として呼ばれている。パペーテは表玄関であり旅行者は此処で軽飛行機やモーターボートに乗り換えそれぞれの目的地に向かう。
今回はあえて滞在先の島について書かずパペーテについて書いている。島に滞在中、非日常のリゾート気分にはなじめず家族を残し一人で本島への日帰り旅行に出かけ正しくパペーテの街歩きを楽しんだ。
街では市場に出かけ、カフェに入り、ゴーギャンの足跡をたどる現地ツアーにも参加した。最後にゴーギャン美術館にも足を運び、数は多くないが彼の油彩、パステル画も鑑賞した。パリのオルセー美術館に比べると質、量は及ばないがタヒチでゴーギャンの作品にふれる事の意味は大きいようだ。

ゴーギャンについて少々書きたい。
1848年生まれのフランス人画家は当時としては珍しく世界中を旅している。少年期にはペルーにも出かけ、あまり知られていないが青年期には商船の水先案内人として世界中の海を巡っている。この項ではタヒチ時代のゴーギャンについて書いているが、ゴッホとの耳そぎ事件後の1891年が最初の訪問年のようだ。その後の2年間はパペーテ郊外のパペアリに居を構え制作に励み代表作の数々を書き上げている。彼の作品と言えばハヒチを連想させる多くの作品があるが、傑作の多くはこの時期以後に生み出された作品が殆どだ。しかしこの時代の代表作の全てが,当地には無く、パリ、ロンドン、ワシントンといったビック美術館の収蔵作品として多くのゴーギャン愛好家を呼び寄せている現状は何だろう。彼自身もタヒチに居を構えながら西欧の画商達にせっせと作品を送っていたのも事実である。2年間の滞在の後いったん帰国し1895年再びタヒチに戻ってくる。その後の6年間の殆どをパペーテ周辺の画家コミュニティで暮らし、彼の人生の中で最も充実した日々を過ごしていたようだ。それはひとえに絵の売り上げの増加による処が大きい。広大なアトリエ,馬車を持ち、社交界に顔を出せるようにもなっている。同時期には絵を描かず木彫りの彫刻に興味を持ち作品も幾つか残っている。絵に復帰すると作品がパリの鑑賞者ではなくパペーテの植民者達に移行していく。又この頃には最愛の娘との死別、健康状態の著しい悪化、借金の重荷の中、自殺も試みている。そのさなかにも自身が最高傑作と認める大作を仕上げている。このような波瀾万丈の6年間のタヒチ滞在後終焉の地マルキーズ島へと向かう。

街歩きの稿がいささか脱線気味になり修正しないといけないが、絵画、映画、鉄道となるとどうも制御が効かなくなる。この三題話しは後に譲るとして、タヒチ、ニューカレドニアと旅すれば、次はモアイ像を見にイースター島に行くしかないようだ。
駄目だ!だめだ!週末から3泊4日のスイス弾丸ツアーがまず先だ。

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(posted on 2018/11/1)

堀内広治

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