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日本建築写真家協会

Japan Architectural Photographers Society

コラム

Column

真田家ゆかりの里、信州上田の屋根付橋 

ずいぶん以前に、このエッセイの前身「写真浪漫」にて、東京での水上からの橋めぐりを紹介しましたが今回は、少し趣を変えて、相変わらず「橋」ではありますが、信州の屋根付橋を紹介します。

日本の屋根付橋で最も有名な地域は、四国の愛媛県です。肘川(ひじかわ)に流れ込む支流のあちこちに、多くの木造屋根付橋が現存しています。ただし、この地域の屋根付橋は土木遺産として既に紹介し尽くされた感があるため、ここでは、昨年の大河ドラマで注目された長野県上田周辺の屋根付橋を紹介したいと思います。

上田市の中心、上田城跡からみて、千曲川の対岸、西南方向に、開けた平坦地があります。塩田平と呼ばれるこの盆地、戦国武将が活躍するずっと以前の時代においては、信濃の国の国府が置かれるなどした、統治の中心地でした。真田昌幸が上田城を築き、政治経済の中心が上田の城下に移った後も、歴史的遺構や社寺仏閣はこの地に残り、現在に至るまで国宝・重文級の文化財が、多数点在することから、「信州の鎌倉」などと称されています。古建築好きの方であれば、安楽寺や前山寺、鉄道ファンであれば、上田電鉄別所線などがはずせない観光スポットですが、意外なことに、木造の屋根付橋が、地元の方々にささえられつつ、現存している地域でもあります。ちょっとマニアックかもしれませんが、屋根付橋めぐりはいかがでしょうか。

生島足島神社御神橋
住所:長野県上田市下之郷中池西701(生島足島神社内)

信濃の古社、生島足島(いくしまたるしま)神社のご神体は、「大地」。神池に囲まれた神島に建てられた本殿内殿には床がなく、土地そのものの土間がご神体として祀られている。その神島へ対岸の諏訪神社より神が渡る橋として、架けられた屋根付きの橋が御神橋。朱塗りで唐破風の立派な屋根をもつこの橋、人が渡ることはできず、使われるのは年に数回だけ、神事のときに限られている。神社には、川中島での必勝を祈願した武田信玄の「願文」、真田昌幸、信幸の「朱印状」などの文書が所蔵されている。

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神池にかかる御神橋

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生島足島神社御神橋

塩野神社太鼓橋
住所:長野県上田市大字前山字塩野1681(塩野神社内)

塩野神社は、当初、塩田平の西南にそびえる独鈷山の鷲ヶ峰に祭られていた。今ではその地を水源とする流れが集まり塩野川となる、山のふもとに社殿がある。平安時代の書物である「日本三代実録」にも記載された古社である。太鼓橋は、境内を流れる塩野川にかけられており、はるか西側に離れた大鳥居と本殿とを結ぶ、直線上に位置している。大鳥居と境内の間は約200メートルの直線道路で、鎌倉時代には流鏑馬(やぶさめ)が盛んに行われ、太鼓橋は別名、下馬橋とも呼ばれている。現在の屋根の付いた反り橋は、天明8年(1788年)の建立。以後、大切に修理されながら使われ続けている。

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塩野神社太鼓橋 正面

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太鼓橋の左手奥に拝殿がある

鹿教湯温泉五台橋
住所:長野県上田市鹿教湯温泉

上田と松本を結ぶ街道(現在の国道254号)沿いにある鹿教湯(かけゆ)温泉郷、その昔、鹿に身を変じた文殊菩薩が、信心深い猟師に温泉のありかを教えたという伝説の地。その源泉が湧き出していた、内村川のほとりに五台橋が架かっている。すぐ脇は共同浴場、周囲は温泉旅館が建ち並んでいる。橋を渡り、急な階段を登ると、文殊菩薩を祀った文殊堂へと続く。五台橋はこの文殊堂建立の宝永6年(1709年)から間もなく今の位置に架橋されたと考えられていて、寛政7年(1795年)の絵図にも、屋根のある現在と同じ姿で描かれている。

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内村川にかかる五台橋

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橋をわたり石段を登ると文殊堂がある

大宮諏訪神社下馬橋
住所:長野県上田市下武石字宮前809(大宮諏訪神社内)

塩田平の南に位置する独鈷山、さらにその南方に下武石地区がある。山間の平地なのだが、大宮諏訪神社のある一帯だけは、まるで切り立った高山の山頂部のように、険しい岩石がむき出しの武石(たけいし)山と呼ばれる小山になっている。神社の境内にも、遥か昔に山から落ちてきたのであろう巨大な転石が鎮座していて荘厳な雰囲気を醸し出す。正面の鳥居をくぐるとすぐに、巨石の下半分から境内入り口にかけて大きな池があり、参拝者を神域へと出迎えるように屋根付きの橋、下馬橋がかけられている。

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巨石の下まで池がまわり込んでいる

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参道にかけられた下馬橋

旅館 花屋
住所:長野県上田市別所温泉169

最後に紹介するのは、塩田平の西に位置する別所温泉の旅館、花屋の屋根付き回廊です。厳密にいえば、橋ではなく、廊下なのですが、6500坪の敷地に、純日本建築が数十棟建てられ、それらを結ぶ複雑に入り組んだ屋根付きの回廊は、橋と称しても遜色のないほど、見事な景観を庭園とともに形づくっています。大正時代に地元の有志が共同出資して、はじまったこの旅館は、塩田平の社寺仏閣で腕を磨いた宮大工たちによって、古い日本家屋を移築するなどしながら、くつろぎの和空間を提供し続けています。

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すべての棟をつなぐ屋根付き回廊

以上、簡単に紹介させていただきました。車が無いと、ちょっと不便な場所ではありますが、ぜひ出かけてみてください。

(posted on 2017/2/14)

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